今日のおやつはなんだろな

兄妹の母、子育て、仕事、その他雑記。白玉大好き!

不完全すぎる母 それでも

  

半沢直樹

原作は読んでいない。ドラマで一回見たきり。

ふと浮かんできたことがある。育児で苦しい時に。バーンバーンと机を叩く上司にミスを追求される彼の姿が。育児で抱えた苦しさ気持ち悪さと、ドラマで上司にネチネチ言われている半沢直樹を見たときの感情が似たもので、私の中でリンクしたのだろうか。

 

よく見かける「仕事と育児家事、どちらが大変か」という議論。これは本当に個々の適正だとしかいいようがなく「どちらも器用にこなせる人」もいるし「どちらも苦手」だったり「育児の方がまだ得意」「仕事の方がまだ得意」という人がいる。

ただ、それだけだ。と私は思っている。だからその議論は意味がなくて、各家庭それぞれ苦手や不足を補っていくしかない。それぞれ完璧な人や家庭と比べても不毛だ。

  

「仕事で失敗したら責任を取らされる、子育てにはそれがないから楽」というようなことを目にしたこともあるが、子育てで「楽になれない」んだ。私の場合は。

例えば我が子が赤ちゃんだったとき。見た目は子供の昼寝に添い寝しているただの母でも「この子寝すぎだ、夜寝てくれないかも」「でも寝かせてあげるべきか」とか、自分の寝不足からくる不安で頭ぐるぐるしていたりする。全然楽しくも楽でもない。

 

少し大きくなれば「これやって」と言われて「手伝うべきか、見守ってやらせるべきか(手伝わなかったら絶対泣くな、どうやって働きかければ良いだろう)」とか、とにかく会話一つやりとり一つにずっと緊張している感じがある。おふろはいっていても、寝る前でも。

 

元々褒めるのが苦手だが、我が子は褒めて育てようと声とテンションを振り絞ってやってみる。だんだんと板についてくるが、今では疲れてきてしまった。笑って褒めてあげられているのか、怪しくなった。怪しくなったのでちょっと前から代わりに「ありがとう」をたくさん伝えるようにしている。真顔でもいいから少し楽になった。

 

子育ては「初めての瞬間」だったり「溶けそうな笑顔」だったり喜びはたくさんある。しかし、私の思考は「この子の将来のためには何が今一番いいのか」ということを真剣に考えすぎて、迷い戸惑う場面ばかり。

結果など大人になるまでわからない(大人になってもわからないかもしれない)問いを四六時中自分に向けているのは本当に苦しい。辛い。家事の手抜き一つとったって罪悪感をまだ持ってしまう。力を抜く方法を知りたいと本当に悩んでいたし、今でもぶり返すこともある。

 

これでいいのだろうか。という自分への問い不安に対して

ダメだ。そんなんじゃ。という私の答え。

 

それでいいよ。とたまに返してあげられるようになったことは最近の大きな進歩だ。

 

 

私は感情100%ぶつけてくる子供と毎日四六時中過ごすことは向いていない。私は「仕事の方がまだ向いてる」という親だ。仕事人間でもなくただ「仕事の方がまだまし」なだけ。どちらも不完全で、宙ぶらりん。

「そんなの母親失格」「子供がかわいそう」と誰かがいうだろうか。

 

それでも子供達が笑っていてくれれば、私はそれでよしとすることにしている。

 

子育てをしていると、自分の不完全さを思い知らされる。

しかし完璧でない母を認めてくれる存在もまた子供。

いつもありがとう、子供達。